(彼女は 超能力が 使えるっていう 妄想を していて それで 病院に 入れられて 今日 退院して くるところだ) おかえり ただいま 治ったかい 何が きみの 病気 いいえ? 治らないわ そう なにが 病気な もんですか ねえ 病院で あたしが どんな教育を 受けたか 教えて あげましょうか? お前は 超能力者 じゃないって ヘッドフォンから 24時間 聞かされるのよ それから 私は 超能力者じゃ ありませんって 24時間 言わされるのよ そんな生活を ずっと 続けたわ やったじゃないか 心の底から 信じられるように なったろ? いいえ? まだ 超能力者よ あたしは そうかい ねえ スプーン 持ってないよ どうして スプーンなんて いるもんか きみは 普通の生活へ もどるんだ 買ってって 言われたって もう買って やんないよ けちね そうさ きみを 普通に 戻すためだったら ぼくは なんだって やってやる つまんないわ…… *** (きみが 曲げられなかった 何百本もの スプーンを きみが 隠しているのを 知っているからね) 【主人公、何気なくタンスの引き出しを開けると、その中にはスプーンがぎっしり詰まっている なんとも言えない顔をしてその上の段を開けると、そこにもスプーンがぎっしり詰まっている。 そんな具合でタンスの全部の段にスプーンが詰まっている】 (きみの いない 間に まとめて ゴミ袋に いれてしまって 全部 燃えない ごみの日に 出した からね) *** (それから 彼女は ふつうの 女の子として ぼくの家へ 戻ってきた もう スプーンを 曲げたりなんか しない もう 超能力を 使ったりなんか しない 普通の 女の子として これから一生を 終えるんだ そうさ そうできる 権利が きみにも あるんだ) スプーン スプーン ああ 全部 捨てちゃったんだっけ スプーンがないと 不便だな ねえ 花火大会が あるわよ いつ? 今日! どこで? 荒川土手で あるわ 行きましょうよ ……うん (花火大会なんて ないんだけど きみは 言ったって 聞かない だろうな カレンダーの どこを見ても スケジュール帳の 今日は 空欄で 何の 予定もない) おまたせ 寒いの 寒いわ じゃあ こんな日に 花火大会なんて 開かなければ いいのに (ぼくは 他人ごとのように 言う) 仕方ない じゃない 花火を 見に行きたかったのよ 病院に 入っている間 ずっとね…… ああ 屋台が出てる ほら なにか 買いなさいよ うん…… 焼きそばで いいかな いいよ 焼きそばを 一つ はいよ おじさん 割り箸は ああ すまん ありゃ 割り箸を 切らしちゃってるんだ こんなのしかないけど これでいいかい ごめんな スプーンを 差し出される (きみが どうしてそんな 顔をするんだ) ほら レジャーシート 持ってきたの うん お尻を冷やしたら 大へんだからね うん (冷えた焼きそばを 寒い河原で 食べている どこかで 虫の声が する もう冬なのに) 何時からなの? 花火大会 もうすぐよ もうすぐ (でもねえ 花火は 上がらないし きみは 超能力者じゃ ないし なんにもいいことは ないんだぜ こんな冬に 花火は あがらないよ) ほら…… 花火が…… (あがるのを ぼくら 待ってる いつか あがるんじゃないかって 彼女の 超能力で 目に見えない 無数の 花火が あがるのを ぼくら じっと 待ってる それは 夏の日の 荒川土手の 花火大会 スターマイン ナイアガラ メッセージ花火 きみが 病院へ 連れていかれた日に 上がるはずだった 花火の 思い出で いまでも まだ ぼくらの 脳内で くすぶっている 熾火を きみは 見ている だけなんだ 目を瞑れば 見えるのは きみの 超能力で 造り出した 花火 そこいらじゅうで いっぱいで 鳴って…… 光の 反射で いっぱいで…… でもそれは 僕の眼には 見えない ぼくの耳には 聞こえない きみの 脳内だけにある 超能力 花火は だれも 感動させる ことは できないんだ このスプーンと このスプーンと 一緒で……) 【主人公スプーンを見る。スプーンは超自然的な力でゆっくりと曲がってゆく】 くにゃっ 【主人公彼女の方を見るが、彼女は見ていない】 …… ほら…… 花火が あがるわよ 見て…… 【主人公、ふと視線を外すと、草むらの中に見覚えのあるゴミ袋があるのを見つける。その中には、主人公がみんな捨ててしまったスプーンの山で、それらはみんな曲げられてしまっている】 ほら…… 見て…… 【空から曲がったスプーンが花火のように無数に降ってくる】 バラバラバラ バラバラバラ…… 【主人公、携帯電話を取り出し、彼女の入院していた病院の番号を呼び出す。画面には病院の文字】 …… ね ぼくも 使える? 超能力 さあ……? やってみれば? うまくいけば できるかもね 【主人公、何かを断念して携帯電話を閉じる。曲がったスプーンは、花火大会の最後の花火のようにいつまでも降り続ける】